大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)2056号 判決
控訴人
巌本金属株式会社
右代表者代表取締役
巌本光守
右訴訟代理人弁護士
安田健介
被控訴人
株式会社中島鉄工所
右代表者代表取締役
中島茂三
右訴訟代理人弁護士
谷池洋
木内道祥
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の申立
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決。
二 被控訴人
主文同旨の判決。
第二 当事者の主張
一 被控訴人
1 被控訴人と控訴人との間で、昭和六〇年六月一八日、両者間の大阪地方裁判所昭和五九年(ワ)第三九八九号事件において、控訴人が被控訴人に対し、クレーン売掛残代金及び修理・工事代金(以下「元本」という。)合計一〇三六万八〇〇〇円とこれに対する昭和五七年一一月一五日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払義務があることを確認する旨の裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。
2 しかるに控訴人は、右支払債務のうち一〇三六万八〇〇〇円を昭和六〇年七月二九日に支払つたにすぎないから、右支払金をまず昭和五七年一一月一五日から昭和六〇年七月二九日までに発生した遅延損害金一六八万二一七二円に法定充当すると、被控訴人に対してなお、残元本一六八万二一七二円及びこれに対する年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
3 よつて、被控訴人は控訴人に対し、残元本一六八万二一七二円及びこれに対する年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因事実に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、控訴人が昭和六〇年七月二九日に一〇三六万八〇〇〇円を支払つたことは認め、その余は争う。
三 控訴人の抗弁
1 本件和解は、被控訴人主張の和解条項の外に、被控訴人がクレーンの補修工事を完了したときは控訴人は被控訴人に対し一一三〇万円を支払う旨の条項を内容としていた。
2 ところが、控訴人の勘違いにより元本の一〇三六万八〇〇〇円のみを銀行振込で支払つたが、被控訴人から支払の不足について何らの知らせもなかつたため、本件和解による支払義務を完了したものと認識し、その後に送達された本件訴状の内容も精査しなかつた。このような事情にあるから、被控訴人は、信義則上、控訴人の支払不足について告知する義務があるにもかかわらず、これを怠り、控訴人の些細なミスにつけこんで突然本件訴えを提起したものであり、本訴請求は権利の濫用であつて許されない。
四 抗弁事実に対する認否
1 抗弁事実1の事実は認める。
2 同2の主張は争う。
控訴人は、支払事務の勘違いによつて本件支払不足が生じたものであると主張するが、本件和解条項中に元本一〇三六万八〇〇〇円を支払うだけで足りると勘違いさせる部分はない。控訴人が、本件訴状の送達を受けてから第一審判決正本に基づく仮執行を受けるまでの間、不足額を任意に支払うことをしなかつたのは、真面目に本件和解を履行する意思がなかつたからである。
第三 証拠関係〈省略〉
理由
一請求原因1の事実及び同2の事実のうち控訴人が被控訴人に対し一〇三六万八〇〇〇円を昭和六〇年七月二九日に支払つたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二そこで抗弁について判断する。
1 抗弁1の事実は当事者間に争いがない。
2 控訴人は、本訴請求が控訴人の勘違いによる支払不足につけこんだもので権利の濫用であると主張するが、〈証拠〉によれば、本件和解には、「被告は原告に対し、本件売掛残金等合計金一〇三六万八〇〇〇円及び昭和五七年一一月一五日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払義務あることを認める。」(第一項)、「葛原章司及び矢野茂昭は昭和六〇年七月二一日までに第二項の補修工事を検査し、直ちにその結果を宣言するものとし、両者とも右補修工事の完了を宣言したときは、被告は直ちに原告に対し、第一項の金員のうち一一三〇万円を支払う。」(第三項)、「被告が第二項の支払を完了したときは、原告は被告に対し第一項のその余の金員の支払を免除する。」との条項が明記され、補修工事完了後に控訴人の支払うべき金額が一〇三六万八〇〇〇円で足りるとの誤解を誘発する条項は他にも記載されていないことが認められるのであつて、このような場合に、被控訴人が本件和解の第一項記載の金員の残額を請求するにあたり、予め控訴人の勘違いによる支払不足を虞り控訴人の利益のために不足額につき告知すべき信義則上の義務を負うものと解することはできない。しかも、〈証拠〉によれば、控訴人は、昭和六〇年八月九日本件訴状及び甲第一ないし第七号証の送達を受けながら不足額につき何らの措置を講ずることなく原審第一回口頭弁論期日に欠席し、被控訴人が原審の仮執行宣言付勝訴判決に基づき控訴人に対して同年一〇月八日債権差押及び転付命令を執行するまでの間、銀行振込その他の方法で不足額を支払うこともしなかつたことが認められるのであつて、被控訴人の本訴請求が権利の濫用であるとして許されないものとすべき余地はない。
よつて、控訴人の抗弁は失当である。
三控訴人の前記支払額を本件和解の第一項に基づく支払債務に法定充当すると、控訴人は被控訴人に対し残元本一六八万二一七二円及びこれに対する昭和六〇年七月三〇日から年六分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきであり、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は理由があるからこれを認容すべきである(なお、前記認定事実によれば、被控訴人は本訴請求金額のうち九三万二〇〇〇円((一一三〇万円と控訴人の支払額との差額))については本件和解調書第三項を債務名義として強制執行をすることも考えられないではないが、右強制執行に際しては葛原章司及び矢野茂昭が昭和六〇年七月二一日までに補修工事完了宣言をしたことを証明しなければ右金員につき執行文の付与を受けられないのであり、また、右金員は控訴人が本件和解により支払義務を負担した債務額の一部にすぎないのであるから、このような場合に本訴請求金額全部につき無条件で執行文の付与が受けられる債務名義を取得するため、本件和解の第一項((債務確認条項))の合意に基づき提起された本件訴えは、全体として適法であるというべきである)。
よつて、これと同旨の原判決は正当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官今富 滋 裁判官畑 郁夫 裁判官遠藤賢治)